FC2ブログ

世界の武器術・剣術!!

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

一刀流

IMG_2208.png


数々の伝説に彩られた戦国期の天才剣士・伊藤一刀斎景久。この伊藤一刀斎が創始した剣術流派が「一刀流」です。ただ、一刀斎自身は生前に一度も流儀名を名乗ったことは無いとも言われています。

一刀流の代表的な技術としては、一刀斎が学んだ中条流の極意「五点」、狭い場所で複数の相手をたおす「払捨刀」、相手を倒す際自らの迷いを無にする「無想剣」、切り込んできた敵の剣を落とし、自らの一撃のみを決める「切落」といった技が挙げられ、きわめて独創的・合理的な技法と言われています。ここにさらに後代の弟子達によって新たな技術が次々と加えられていきました。

一刀斎の後継者・小野忠明(神子上典膳)のとき、徳川家に認められ、徳川が天下をとってからは将軍家の剣術指南役となりおおいに隆盛しました。

■分派

小野忠明が息子忠常(ただつね)に小野家当主の座を譲るいっぽう(小野派一刀流)、実子とも弟とも言われる忠也(ただなり/ちゅうや)を一刀流三世の座につかせたことで(忠也派一刀流)、一刀流は二つに分かれ、さらにその二派の門下からたくさんの流儀が派生することとなりました。

●小野派一刀流

一刀流宗家。分派と区別するため「小野派」を名乗るようになりましたが、小野家では単に「一刀流」と称しています。徳川将軍家指南役を代々務めました。




●忠也派一刀流(伊藤派一刀流)

流祖・伊藤一刀斎の姓「伊藤」とその愛刀「瓶割刀(かめわりとう)」を継承した流派。

●梶派一刀流

小野忠常の高弟・梶新衛門正直から連なる流派。

●溝口派

もともとは小野忠明(もしくは小野忠也)の弟子の溝口新五左衛門正則から連なる流派ですが、それが会津藩に伝わり同藩の池上丈左衛門安道により独自の工夫が加えられた流儀(一刀流溝口派)と溝口新五左衛門正則の弟子の和田与兵衛重郷が興した流儀(溝口派一刀流)のふたつがあります。



●甲源一刀流

逸見太四郎義年が、安永五年(一七七六)、家伝の兵法に一刀流(溝口派)の剣技を取り入れ、さらに創意工夫を加えて新たに創造した剣術。



●一刀流中西派

小野家第4代・小野忠一の直弟子であった中西子定が一刀流中西道場を開いたことから始まります。ただし、子定もその門弟も「一刀流中西派」という流名は称しておらず、正式名称は「一刀流」のままで、小野家から学んだ一刀流という意味で対外的に「小野派一刀流」を名乗っていました。

「一刀流中西派」という名称は、一般の小野派一刀流と中西子定の系統とを区別するための俗称だと考えられています。

この中西派の画期的なところは、木刀による形稽古(組太刀)のほかに竹刀稽古を取り入れたことです。これは中西子定の子である中西子武が宝暦年間(1751年 - 1763年)に防具を改良し導入したもので、この竹刀稽古の導入により一刀流中西派は急速に広まり、現代剣道の母体となりました。

そしてその門からは名だたる剣士が多数輩出されます。代表的なかたとしては江戸期の寺田宗有、白井亨、高柳又四郎、浅利義信、そして千葉周作。明治から昭和初期にかけて現代剣道に大きな影響力を持った高野佐三郎などがあげられます。



●北辰一刀流

江戸時代後期に中西道場出身の千葉周作成政(屠龍)が創始。多数の幕末の志士を輩出しました(別項


関連記事
スポンサーサイト

テーマ:武道・武術
ジャンル:スポーツ

コメントの投稿

Secret

PR

最新記事

索引

広告

月別アーカイブ

最新コメント

プロフィール

大門大吾@浪花

Author:大門大吾@浪花
こんにちは大門大吾です!
ブログタイトルを変えました(^-^;
ベタなタイトルですが、よろしくお願いします!

カレンダー

08 | 2018/09 | 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

▲ top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。